風のごはん

心の整理。

祝 デビュー!!!!!!!

 

丈くん、デビューおめでとう!!!

本当におめでとう。

 

ただ純粋に嬉しいし良かった…って気持ちだし、画面越しではあるけど、デビュー発表の瞬間の輝きに満ちた目をみて、本当に嬉しかった。

突き上げた握り拳も、キラキラの瞳も、きちんとまとめに入る仕事人ぶりも、それを任されている事自体も、本当に眩しくて誇らしくて格好良かった。

 

デビュー

日本中のどこを歩いても知ってもらえているアイドル

オリンピックのメインパーソナリティ

 

islandのプロフィール欄の将来の夢。

ひとつようやく叶ったし、残りの2つはここまで来たなら、丈くんは絶対に叶えられると思うし、やっぱり「デビュー組」っていうステージに行けたからこそよりリアルにそんな未来を思い浮かべることが出来て、なんというかこういうふわふわした気持ちになれているのも含めて嬉しくて楽しいです。

音楽番組でのシャッフルとか、番組のMCとか、沢山やって欲しい事、見たいもの、まだ見てないのに見たことあるかのように思い浮かべて楽しいです。

 

初現場の舞台挨拶、嵐のペンラで挑んだ初松竹、複雑だった梅芸、足踏みしたまま迎えたホール。純粋無垢で真っ白な丈担だった時期のほうがもう圧倒的に短いけど、それでも会いに行く度に最高で最強のアイドルで、この人が好きだって気持ちは今もずっとそのままで、丈くんはやっぱり最高で最強の素敵なアイドルです。

多分これからも私は丈くんの丈くんらしいところが好きだし、愛おしいし、丈くんを好きになった事を誇りに思い続けると思う。一度付いた丈くんの深くて濃くて燃えるような染みは消えないってことだね。

 

私はついぞ なにふぁむになれないままだったけど、

ずっと関西を背負ってきた大吾くんの言葉では表しきれない色んな気持ちが宿った、期待と自制と懐疑と覚悟の強い瞳も大好きだったし、

同じくずっとフロントで沢山の思いを背負いながらもそれを見せずに、プロアイドルとしてキラキラしてかわいくあり続けるりゅちぇが、あんなにむき出しの感情を溢しているのをみて本当にデビューが決まって良かった、おめでとうと思ったし、

(私としては)順風満帆に見えていたみっちーきょへちゃん長尾ちゃんの表情をみても(お姉さん達のキッツイ目も沢山あっただろうし、若い頃からフロントに立つのもそれもまた大変だっただろうと思うから)、本当に良かった、おめでとうねって思ったし、

大橋くんの男の子…な表情も、精神的支柱としての素敵なリーダーとしての姿も、きっと誰より強く冷静であろうとする姿も、それでも喋れなくなっちゃうくらいデビューの決定に安心した姿にも、

心の底から6人に対してもデビューが決まって良かったねと、嬉しさと安堵を円になって分かち合うなにわ男子を見て思いました。

 

なにわ男子がようやく ちゃんと デビュー出来ること、とても嬉しいし、祝福の気持ちでいっぱいです。本当におめでとう。幸せな気持ちをありがとう。

なにわ男子の先はもっともっと輝いていくんだろうなぁと、素敵な未来を感じてわくわくした。

 

私が好きな彼の言葉の先はいつでも なにふぁむ で、

なにふぁむになれなかった私はもうお呼びでないんだろうなぁ〜と少し寂しく思うことも度々あったけど、まぁそれはなにふぁむになれなかった私の落ち度なので仕方ないんだよね😌

まぁまだ全然好きなのに、ついてきてという言葉の宛先にも、離れないでという言葉の宛先にもなれなくて寂しいし疎外感〜!って感じだけど、もういい加減その言葉の先に居たかったという気持ちに折り合いをつけて、フェンスの外からこっそり様子を覗くくらいの距離感に落ち着きたいなという気持ちです。覗き見は許して()

 

改めて丈くん、なにわ男子の皆さん デビューおめでとう!!!!!!!

7人がもっともっと素敵で幸せな景色を見られるよう、 影ながらご活躍をお祈りしています。

 

ほんとうに、よかった!!!!!!!

この先も私の信頼する最高で最強の素敵なアイドルが、アイドルであり続けられる世界にありがとう。

丈くん、最高で最強の素敵なアイドルでいてくれてありがとう。そして、これからもアイドルでいてくれることにもありがとう。

 

藤原丈一郎というアイドルに出会えた人生で、私はとっても幸せです。

 

ずっと幸せでいてな!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

アイドルと政治に思うこと

 

私はアイドルが好きです。

この「好き」と言う気持ちも、多くの人たちに好かれるアイドルの「魅力」を他の何者にも利用されたくはないし、アイドル本人にでさえも利用して欲しくはないと思っています。殊、主義主張や政治に関しては。

 

常々、「好き」と言う気持ちは余りにも純粋無垢で、ときに盲目になり周りが見えなくなる可能性を孕んだ、危なっかしいものと思っています。「好き」という気持ちの力は良くも悪くもとても強くて、プラスに働くこともあれば、知らず知らずのうちに利用されてしまうこともあるのが現実です。そして私は絶対にこの「好き」という純粋な気持ちを他の何にも穢されたくないはないし、利用されてたまるものか、と思います。

 

具体的になんだかなぁと引っかかった最も古い記憶は嵐のタイアップ事だったような記憶があります。そのときにはまだファンではなかったけど、アイドルという影響力を持った人たちが政治と近づくのはいかがなものかと、子供ながらに少し気持ち悪さを感じたように憶えています。まぁ子供なので人気者の好感度の高さにあやかって自分たちの好感度まで上げようとしてない?みたいな気持ちがあってのことですが。

 

今現在、関西ジャニーズは関西万博に向けて、大阪府とのお仕事の機会が増えつつあります。ジャニーズは表立って政治的な主張を口にすることはないし、するべきでないという会社の方針でもあるだろうしそこまで過敏になる必要は無いかもしれないですが、私の「好き」を、アイドルが人々を惹きつける「力」を知らない間に利用されるようなことがないように、私も、ファンの皆様も、アイドルの皆様も、気をつけて欲しいなと思いながら過ごしています。

 

エンターテインメントは政治に決して利用されてはならないし、利用されるべきじゃないと思います。それはエンタメが人々の心を掴む圧倒的な力を持つものであるからこそ。

そしてこの前提は、ファンだけでなくアイドル、事務所側も含めたエンターテインメントを愛する者たちがきちんと気をつけて行かねばいけないものだと思っています。

エンターテインメントがエンターテインメントであり続けるためには、俗世的な政治等に振り回されないよう、芯を持って高くあり続ける努力が必要だし、受け手である私達も都合よく利用されないために、今起きている問題を多角的に理解すること、自分の考えを持つとまでは行かずとも、全てを鵜呑みにせずに自分で一度考えることが出来るようになることが必要なのではないかと思います。完璧には出来ずともそういう気持ちを頭の片隅に置いておくことが、最悪の事態を避けるために欠かせないのではないでしょうか。

 

 

と、ここまではまだ導入で、ここからいよいよ本題に入ります。

 

皆さんは、BTSのことどう思っていますか?思っていましたか?

 

私自身は、正直苦手でした。まだ防弾少年団との呼ばれ方が主流だった頃の記憶。名前のイメージが少々物騒なのも相まってかと思いますが、定期的に反日だ何だと騒がれていたのが理由。諸々が尾を引いて、未だにうちの両親は彼らの事をあまりよく思っていません。

 

でもね、今日の私はどうやらその彼ら 7人を好きになってしまったようなので、今まで当事者として考えてなかったことを考えねばならなくなりました。

そもそもオタクをする上での信条として、気に食わないなら文句を言う前に離れる、距離を置くべき。とは思っています。ただ好きになってしまった、そして手放すには惜しいと思う以上、何処かで上手く折り合いをつけながらやっていく他ないので、私、絶賛考え中です。お付き合いいただけると幸いです。

 

 

日本と韓国の関係、特に政治的な側面については、太平洋戦争まで遡る必要がありますが、私にはそこをきちんと多角的に学び直す余裕はなく、申し訳ない限りです。

ただこの歴史の認識に関しては2つの国の間で大きな違いがあるとは思います。そしてその根本の違いは私が生きているうちにどうにかなることはきっとない。私はどちらの主張が100%合ってるとも間違ってるとも思わないけど、ある主張に対して自分で考える力、時に疑う力がつく前の段階でその国で正統とされている戦争教育を受けて、身体に染み込んでしまう以上、この先何十年経っても共通認識が出来る日は来ないと思います。

 

一方でエンタメや食事を含めた文化的側面では、両国の距離は近づきつつあります。

両国の相互理解というおいて、架け橋になりうると言う点ではやはり無視できないし、上手に使えるのであればそうなって欲しいけれど、やはり受けてきた教育の根本が違うので、難しいところもあるなぁという印象を感じずにはいられません。時々うーん…となることは避けられないんだと思う。(基本的に韓国きらーい!というスタンスのうちの母も、たまに韓ドラ見てたりはするので文化、エンタメの力はすごい)

 

日本で生まれ育って教育を受けた私としては、8月15日は楽しい日ではなくて、戦争の恐ろしさとか失った多くの命とか、戦時中の異常さとか、色々なことを振り返って苦しくて辛くなる日でした。ハレのケの概念でいうとケの認識。

一方で韓国で過ごして教育を受けた人としては光復節という独立記念日で、お祝いの日なのかなという印象がある。多分どちらかというとハレの日だったりするのでしょうか。

同じ日に対するハレとケの認識が反対となると、どうしても受け入れ難いと感じでも仕方がないと思います。でも、それがちょっと苦しかったりもするんです。好きではあれど、一生分かり合えないんだろうなと思うので。

 

日本に比べて韓国の芸能界は政治との関係が深いらしいとはなんとなく理解していますが、私はその前提すらあまり受け入れられていません。

序盤に述べたように私はアイドルを含め、エンターテインメントは独立した存在であるべきだと思っているからです。

また、韓国のアイドルはSNSが発達していて、(ジャニーズも徐々に取り入れ始めてはいますが)個人としての表現の機会が多い分、言葉の端々に各々の歴史的、政治的思考を感じ取れてしまったり、特にはそのなんとも言えない側面だけを切り取られることもあると思います。

 

日本の報道を目にする機会の多い私としては韓国政府は支持率が下がると反日に動くとか、次の政権は反日だ、親日だとか、政府からの人民心理のコントロール手段として日本をどう扱うのかが一つの要素だったりするのかなとは思ってしまっています。

また、韓国の「国」としては国際的な立ち位置を高める為にも、世界各国で認められ始めているエンタメをまた一つの手段として使いたいのではないかという意見を目にしたり、記事を読んだりしたこともあります。

そのような記事を読んでいた頃としては、かといって自分は韓国のエンタメの消費者、当事者ではないので、エンタメを政治手段にされることに対しては不信感を抱きつつも、特に自身には影響なく過ごしていました。

が、どうやらそうも言っていられなくなったのでこんなにモヤモヤ考えている訳です。

なんなら好きになったが最後、この記事で書き連ねているような葛藤を抱くことになるとわかっていたからこそ、韓国の文化的側面に近づこうとしていなかったとも言えるかもしれません。

 

あ〜〜〜なんで好きになっちゃったかなぁ!!!

 

ファンをする上では、こういった根本の違い、政治的側面には目を瞑ることもできるし、そうしていくべき、そうしないと実際応援していけないと思っています。基本的には。

 

それでも「好き」の対象には一点の曇りもなく「好き」と言いたいので、そうもできない今、どこか苦しくも思っています。

 

好きになって数ヶ月の私の印象としては、どの国に住んでいるとしても、何を信条としているとしても関係なく、彼らは全てのファンをARMYと呼ぶ人達を愛してくれているとは思います。ここはきちんと信じられている。

 

アイドルとファンの話に特化せずとも、例えば大学には韓国からの留学生も中国からの留学生もいて、対個人としてどの国の人だからと言う点で感じ方が変わったり、態度を変えたりはし無いと思います。でも、その友人たちと政治的な話や、戦争教育についてまでは話しては来なかった。それは私が同じ日本人の友達と戦争の話をわざわざするような機会がなかったのと同じではあるのだけれど、歴史認識についてもし話をした時には、乖離があって不思議でないと思います。ただ、友人とは話し合ったり意見を交換したり出来る対等関係にあって、各々が小さい頃から教えられてきて、真実と思っている考え方について話し合うことができます。

 

しかし、対アイドルであれば、話し合ったり意見交換したりすることはできず、一方的に受け取るだけになってしまう。

更にファンとしては「好き」という感情を人質に取られているから、受け入れるか、密かに傷つきながらも折り合いをつけていくことしか出来ない。わざわざ好きな人を傷つけるファンは普通いないと思うので、明らかにパワーバランスとしてファンはいつも弱い。

アイドル側もアイドル側で、根本が違うファンが、傷つく可能性に気づくのは難しいだろうし、そこまで気をつける必要があるのかという考え方もある。

ただね、お互いに好き同士ではあるのに、不意に傷ついたりひっかかったりすることがあって、しかもそれは簡単に解決できることではなくて、どちらかが我慢して折り合いを付けないといけないという事実が切ないなと、思うことがあるのです。

 

また。彼らは、彼ら自身が築いた影響力や魅力を国のために使うこと、あるいは使われることにあまり抵抗がないのかもしれません。育ってきた環境的にも、国民性的にも。

でもそれは、いち隣国のファンとしてはちょっと複雑。

彼らの事は好きだし可愛くて仕方ないし元気も貰ってる。個人個人に対してはなんの引っ掛かりもないけど、その背景に国や政治を感じた時に、私はどうしても一歩引きたくなるのです。

ジャニーズが国内の政治的側面に触れるのが嫌なのと同じ類のものと思うけれど。

 

ただ、そう複雑な気持ちになるきっかけが多いからこそ、悩ましいし苦しいと思っています。

 

見なきゃいいのにね、YouTubeで過去のそういうゴタゴタをまとめたやつとか、そのコメント欄とか見たんです。気になっちゃって。

好きなものに棘のある言葉を投げられることも、好きな人にウッてなるような事をされていたと知ることも(もちろんその情報が100%正とも思わないけど、そう捉えられうる事があったり、他人にそう捉えられていたりすることも、それで彼らまた傷つく事があるかもしれないことも)しんどい。

好きな人達には真綿に包まれて幸せに生きていて欲しいし、勿論こっちもただ幸せでいたいので。

 

とにかく国を跨ぐと何倍もファンとしてのスタンスが難しいなと痛感しています。

ただ顔を見たら元気になるし、仲良さそうにしているのを見るのも好きで、今この好きを手放すつもりはありません。

でも、真剣にこれを考え始めたが最後、水に落ちた絵の具の色がどんどん広がっていくようにあれもこれも気になって、今はただ真っ直ぐに、純粋無垢真っ白な気持ちで見る事ができなくて悩んでいます。

 

私からするとそういう政治的側面をアイドルから感じない事が1番だし、そうあって欲しいけど、どうやらそれが無理そうな人たちを好きになってしまったので、どうにかこうにかやらんとなぁと思っています。

 

本当はこんなん考えずにオタク出来ればいいのにね。

 

なんかアドバイスあったらください。

 

 

 

 

 

 

 

染、色 第3回感想と大千秋楽おめでとうございますのお話

まずは観劇3回目、気になったところを備忘録的に。

 

▪︎シナモン

滝川の事をシナモンみたいだと言う深馬。

とても強烈な香りがするのにあくまで脇役みたいな……さらっとすごく失礼なこと言うじゃん。 やっぱり滝川のこと深層心理では見下してたんだろうなぁ…

毎回某サンリオの人気キャラクターがチラついたの煩悩過ぎて反省しています。

 


▪︎ポリダクトリー

滝川がアトリエで深馬に話すのが1番最初。そのあと書かれていた真未と笑い合うけど。

滝川が初めて深馬に知らせると言う点がどうも気になるんだよなぁ…

この物語の解釈がすっきりしないのは滝川とロランス朱里の不透明性にあると思っていて、いま観客が見ているのは、現実の存在か深馬に見えている世界でかがはっきりしない。まぁそこが深みだと思うのですが。どう落とし所を付けようか、はたまた別に付ける必要もないのではとも思うけど。

全部現実にあったことだと思ってもいいし、全部夢だったと思ってもいいんだよなぁ。わたしは確かに深馬には真未がいたから、100パーセント真未を実在しないと言い切りたくはないと言う気持ちがあります。

 

▪︎滝川のスケッチブック
真未は滝川の机の引き出しにあるスケッチブックをみて、これ深馬が展覧会に出した絵じゃん。と言うけど、深馬が展覧会に出した絵を真未が知ってることに疑問をもたないのもキーポイントかなと。真未や、なんでそれが深馬の絵だって知ってるんや…

 

▪︎街並みのグラフティが反転する

これが、真未と深馬のパワーバランスが逆転した暗示なのかなとも思った。

これ以降真未は深馬が表面上考えていること以上のことをする様になるような。

北見には中途半端なんだよと、真未が言っていたままを言って喧嘩するし、真未の影響を強く受けて深馬が変わったように見えるようになる。

 


▪︎北見のミューズは杏奈だった?

これは完全に私の2次創作みがありますが(笑)

キャンバス事件の犯人と疑われた北見。台詞はないけど、杏奈の腕に縋っているような描写だけがあって。表面上は犯人じゃないことを信じて欲しいって事なんだろうけど、どうしても私には、やっぱり北見には、北見にこそ杏奈が必要だったんじゃないかなと思った。

確かに深馬にも杏奈は必要だったんだけど、それは真未がいない中で帰る所が欲しいからという理由からのような気がして、言ってしまえば杏奈じゃなくてもよかったと私は思う。

一方で北見はアーティストの面でも、もしかしたら他の面でも、杏奈が側にいたらまた違った未来があったんじゃないかなと。何となくで仲良くしてる女の子たちとは「違う」と余りにもはっきり言うもんでさ…友達の彼女なのにどこかまだ求めてしまうような、割り切れなさの所以は、杏奈が北見にとっての「特別」になり得る人だったからなのかな…と。なのに深馬は全然杏奈ちゃん大事にしてないもんね!悶々しちゃうよね!自分にとっては叶うなら手に入れたい人なのにね?!わかるよ北見くん!(?)

北見がまた追いかけたくなる「違う」人を見つけられますように。

 

▪︎真未との別れ
深馬は真未を追いかけていたけど、最後は真未が深馬を引き止めるように「君は何にだってなれるんだよ」と叫ぶ。ここもいつの間にか逆転してるんだよなぁ。

真未が芸術の神様に似た要素を持つものなら、自分の見込んだ人間が去っていくのに対してだし、真未が深馬の別人格とするならやはり深馬が去る=自分が消える ということなのでやっぱりああ言う言動になるのかなぁと。何にせよ、深馬も真未も痛々しくて、切なくて、苦しく時間だったな…。

 

▪︎滝川と河川敷で

滝川と河川敷での会話には深馬の自問自答の要素があると思っている前提ですが、

•自分以外の力を借りて本物になることになんの意味がある?

→真未の力を借りて作品を作りあげることへの葛藤 

という要素もあるのかなと思ったりしたけど、あの時点の深馬の意識の中では深馬は真未とどのくらい同期してるんだろうな…


▪︎最後の深馬のスプレー

深馬が回想の中で腕にかけてたのは色のないスプレーだったんだよね。(真未は白のスプレーをしていたような)

やっぱり全部幻だったって事なのかな。

 

 

 

 

3回目は気になる点も注視しつつ、一方で最も「舞台に立つ正門良規」を噛み締められたし、千秋楽なのもあってカーテンコールでは全キャストの皆さんがいて、優しくてほんわかしてあたたかいカンパニーを感じられてすごく幸せだった。

正門くんが初主演、座長公演であること。

その脚本が全幅の信頼を置く加藤シゲアキさんであること。

単純な物語じゃなく、観劇後もいろいろな捉え方と解釈の仕方があって、気づくか気づかないか、深読みするかしないか、何度見ても足りない厚みのある作品であったこと。

舞台上で役として震える正門くんの魂を感じられたこと。

シゲちゃんと、Aぇ! groupのメンバーが見に来てくれたこと。

その後にはAぇ! groupでのオールナイトニッポンがあったこと。

 

全部、奇跡みたいな現実で、思い返すだけで目頭が熱くなります。

 

 

わたしを初めてグローブ座に連れてきたのは、グリーンマイルのシゲちゃん。

Aぇ! group、お披露目こそは春松竹だったけど初の単独公演はグローブ座。

6人で東京に出てきて、今まで絡んだ事ない人同士、探り合いながらグループを形作っていった、合宿のような、青春のような日々を過ごしたこの場所に、正門くんが1人で主演として凱旋した染、色。

グローブ座の千秋楽には5人のメンバーが観に来てくれていて、正門くんは役者として、主演として、メンバーをまたグローブ座に連れてきた訳で。

Aぇ! groupの初めての場所に、正門くんは初めての主演として帰って来たんだなぁと思うとね…。

 

私が初めて観たグローブ座を創っていたシゲちゃんと瀬戸山さんが、正門くんの初主演舞台をグローブ座で一緒に創っていることに、なんとも言えない気持ちになる。

ひとの記憶、場所の記憶、様々な方向から交わってきていて不思議でもあり、幸せでもあり。

 

失礼な話かもしれないけど、この染、色を観て初めて心の底から正門くんの事を凄い人だな…って感動した。生身の魂を感じたのが初めてだったというか。単純にびっくりした。

今まで感じた事のない正門くんを感じたのがこの作品で、何回も言うけどそれを引き出してくれた一因がシゲちゃんなんだって。やばくない?どうしたらいいんだよ。

 

正門くんからあまり強い感情の波を感じたことがないので、こんなに感情むき出しに出来る人なんだ…とびっくりした。なにより、舞台の上にいたのはあくまでも深馬で、正門くんじゃなかった事に感動した。おかげさまで随分物語の世界に沈むことが出来たので、主演として完璧だったと思う。

自担であるほど、演技があんまりだと中身に集中しにくいというジレンマがあるんだけど、本当に一切それがなかった。正門くんすごい。

 

染色 舞台化にあたって

正門担の私としてのお気持ちですが、主演が正門くんで本当に良かったです。これ以上はないってくらい有難いキャスティングでした。

原作者でもあり脚本家でもあり、また演者でもアイドルでもあるシゲちゃんに、こんなに気にかけて貰って、暖簾も作って貰って、これが自担じゃなかったもう嫉妬で気が狂う所でした。あっぶね。

初主演が先輩の脚本って、めちゃくちゃ緊張するけど一方で心強くもあったろうなと。

何より、こんなにいい作品を初主演舞台としてこの先の役者人生を歩めるの、すごいことだよ。いい作品になったのは正門くんが頑張ったからっていうのも勿論あるけれど。

そして正門くんのジャニーズ人生を振り返るときに欠かせないものになるであろうこの作品をこの目で見られたこと、大好きな加藤さんが関わっていること、嘘みたいで本当の話。

 

大千秋楽まで1公演も落とすことなく駆け抜けられて本当に良かった。

一度は中止になったけど、今このタイミングで無事に幕が開いて、そして下ろせたことにいくら感謝してもしきれないな。

 

全然上手く言えないけど、正門くん本当にすごかったの。すごかったしか言えなくて悔しい。深馬が正門くんで良かった。

深馬が正門くんだったからこそ、正門くんが主演として立派だったからこそ、私も「染、色」をこんなに真っ直ぐに愛せているんだなぁと。

正門くんのおかげで、加藤さんの大切な作品を、邪念なく素敵な思い出に出来ること。普段以上に身に染み込ませて大好きだと思えてるんだ。本当にありがとう。これはNEWS担としての気持ちだね。

 

染、色は無事に幕を下ろしましたが、一度ついた染みは消えないし、

なんせ入口はあっても出口はない(by加藤シゲアキ)な某夢の国に魂のかけらを置いてきているので、

この「染、色」も、いつまでも私の心の中で続いていくことでしょう。

 

正門くん、シゲちゃん、瀬戸山さん、キャストスタッフのみなさん、

今日までお疲れ様でした。とっても素敵でした。ありがとうございました!!!!!!!!!

 

 

 

染、色 第2回観劇後感想

 

2回目の染、色を終えました。

また新たに思ったこと、気になったことがあったのでつらつらと書き連ねていこうと思います。時系列ぐちゃぐちゃです。

 

▪︎ひとつめの違和感

全てのストーリーを頭に入れて観ると、大きすぎる伏線が初めに仕込まれてたんだなぁと…。

滝川のアトリエで、北見原田達と呑み、潰れた北見原田を横目に杏奈とキスしていた深馬。

2人が目覚めたのに驚いて、杏奈がイーゼルにぶつかってキャンバスが落ちてきた瞬間、深馬はキャンバスを腕で抑えて杏奈を庇う。

それから深馬は不思議そうに自分の腕を眺めて高笑いしてるんだけど、この瞬間の深馬は今までの深馬では無いように見えた。真未が生まれた、ないしは宿った瞬間とも言えるのでは。

 

▪︎深馬の高笑い

1度目はキャンバスを抑えた後に腕をみて、2度目は目が覚めてグラフィックが完成していた時に。(多分)

高笑いしている深馬は確実に芸術の世界に染まっていて、本来の自分が薄れているようで、またその恐ろしさも感じた。

 

▪︎【 ※ 超私的拡大解釈】真未は深馬に訪れたミューズか

ミューズは特に芸術の方面で、アーティストにインスピレーションを与えたりする女神のことを指すことが多いのですが、(失恋ショコラティエサエコさん的なポジションですね。)(語源はギリシャ神話のムーサ。ちなみに分野毎に分担制のようで9人くらいいる)真未は深馬に宿ったそれだと思うのです。

真未は芸術の女神(もしくはそれが遣わせた者)ともとれるなと。

ただ人間の器に神を宿すには重すぎて、多分自分のままではいられないのではないかと。(これが高笑いに繋がるのかなとも)

あくまで深馬として極めて普通の自分の意識を持っていたいか、自分を飲み込まれて、自分を捨ててでも非凡なアーティストとして居続ける覚悟があるか。

芸術の神に見初め…見染められる事は、自分の想像以上のものを生み出せる一方で、自分が小さくなって無くなっていくような怖さを孕んでいるものだと思うので…

深馬にはその覚悟がなかったから、真未とぶつかって手を離さざるを得なかったんだろうなと。(そして極めて普通の生活を杏奈と過ごしている)

 

▪︎真未にとってのスプレー=深馬にとってのグラフティか

スプレーを深馬に隠された真未と、グラフティしようとしてスプレーが切れてしまった時の深馬は同じ反応だった。

ポリダクトリーの6本の指、あれは深馬の手を真未が持ってスプレーしたから6本目があるようにみえたってことだと2回目にして気付きました。結局は深馬も義指を使っていたのだけれど。

 

▪︎ロランス朱里

現実では、ポリダクトリーを含む地域一帯のアートプロジェクトの中心人物として描かれたけど、深馬の世界線では自分を見初めたキュレーター。

なんなら、ロランス朱里のプロジェクトと同時期に真未がいたわけだから、もう真未が現れたのすらロランスの影響説まであるのでは…?実際はロランス朱智という実態の見えない概念こそが芸術の女神だったとも。

 

▪︎冒頭、深馬が滝川に耳打ちした内容は?

おそらく深馬は自分が絵を描けなくなった理由だと思った事象について耳打ちしているけど、滝川はそのせいじゃ無いだろうとの見解。深馬は何のせいだと思ってたんだろう…。深馬の創作への衝動が枯れてしまった理由。「枯れる」

 

▪︎秋に咲いた桜

入学当初のみなぎる深馬を指しているのかと思ってたけど(恐らく深馬も最初はそう思ってるのでは)、実際には真未と過ごしたひと夏のことを指すのかなと思い直した。

次の春に咲けるかはわからないけど、その桜の木は枯れてしまったわけじゃないからまた必ず咲く時が来るよ。

枯れる…といえば深馬の描きたいという衝動のことも指してたな…ダブルミーニングかな……

 

秋に咲いた不時の桜は 次の春も咲けるのだろうか…… 気づかなかった自分が悔しいですが、そう思ってしまうと星の王子さまが深馬の曲に聴こえてくる瞬間があって不思議。

 

▪︎ピンクのスプレー

真未の部屋に初めて行ったあと、深馬が付けて帰ってきたピンクのスプレー。杏奈はこれを汚れてるといって拭き取ろうとしていましたね。

壁の染みが気になるといって、肩車してもらって真未が上に塗り重ねたのもピンクのスプレー。

風呂上がりの真未がこれじゃなきゃだめなのと泣いていたのもピンクのスプレー。

これは私の感想だけど、スプレーを隠す前に深馬が空間に振りかけたピンクのスプレーは桜の花にも見えた。そういう伏線って思うことにする。

 

話は戻るけど、杏奈は多分アーティストの深馬の事好きじゃ無いというか、深層では深馬が芸術に惹かれているのを(芸術の女神に愛されていること)邪魔と思っている。お前はアーティストの彼女の器じゃない、代われ。(急に厳しい)(なぜ我が家)

 

▪︎杏奈の家で急に描き出した絵

杏奈に親とのことを詰められる→抱きしめて誤魔化す→急に絵を描き出す→杏奈は絵を観て驚く(唯一モノクロだった目の絵だったりする…?あれはびっくりするよね あの装備だと多分鉛筆だろうし。)

杏奈の家にいたはずなのにそのまま場転してアトリエに変わり、真未が現れる

1番現実と幻(真未のいる世界)がわかりやすく交差した瞬間だったように思う 違和感と少しの気持ち悪さがあったな…

 

▪︎深馬と真未とスプレーと

真未と喧嘩別れした後、深馬はひとりでグラフティを描きにいくがスプレーが出なくなる。これは真未との繋がりが絶たれたことを表しているように感じた。

スプレーを隠された真未のように、スプレーが出なくなった深馬は不安定になる。

この時の深馬は、深馬の中にひと夏だけいた芸術の女神がいなくなりぽっかり穴が空いた状態で、寂しいような、喪失感というか、心許ないような状態なのかなと。

滝川が犯人と分かり、真未と喧嘩別れした後、「全部滝川がやったことにしていいよ」と深馬は原田に連絡する。これが自身の夢(イコール真未との時間)から覚めた瞬間かなと。

あと真未に対してのスプレーを隠す行為は、現実世界では深馬は自分のキャンバスを破壊していたのと表裏一体だったように思う。自傷行為に近いというか。

 

▪︎病室のグレー

あれは夢現の状態かなと。照明バッチバチで浮遊感があるように見えた。真未を失った認識はあるけど、真未と過ごした時間については現実だと信じてるし、絵を破ったのは真未と思っている、どっちつかずの深馬。

あと病室でのことで言うと、北見のごめんは、杏奈とのことについてを、深馬のごめんは絵を壊したのを北見だと勘違いしてたことについて(まだこの段階では真未だと思っている)を言っているような…これはナチュラアンジャッシュが起きてんな。

 

▪︎夢から現へ

退院後数ヶ月。上着は白に戻るもののパンツはずっと黒→一度た後はいつまでも残るということかな。

深馬は北見原田との居酒屋で、自分で絵を壊したことを知る。 最後の北見原田の台詞は「まだだめなんだ…」これは深馬の状況か…そのまま真未の部屋へ走り、真未が実在したことを確かめに行く。

壁の「染み」を上書きしたピンクのスプレー。あれだけは(高さ的にも)深馬だけで描けるものじゃない

=確かに真未は存在したということ

それを感じて安心する深馬の表情がね…。

まぁそれも現実に見えてるものかはわからないんですけど、深馬にとっては確実に真未はいたってことなんですよ。それが唯一の救いであり呪いでもありそう。

 

▪︎深馬と滝川

高架下で滝川と対峙している深馬、それもある意味自問自答に見えた。

お前だって同じだろ?どうやってスランプから抜け出した?誰がお前をそうさせた?

滝川の言葉は深馬の言葉にも聴こえたし、一時でさえも女神から愛されなかった滝川の悲しみと嫉妬にも思えた。

冒頭に、真未から「滝川先生みたいになりたい?」と聞かれた時、深馬は「うーんどうだろう」と煮え切らない。やっぱり滝川のことをあんまり上には見てないのかな…

 

▪︎他には
初めて真未の家に行った後(行為には至ってない)、ピンクのスプレー付けて杏奈のとこに帰ってきた深馬「ただいま」普通お邪魔しますやろが これは狙った違和感ですね?

あの時から、真未が完成させた絵を「俺の絵」というようになってるんだよな〜まだ白の羽織なんだけど。

ちなみに黒の服を纏うのは真未と行為に至った直後からでしたね。そういうことですか。

 

ということで第2回の感想でした!

同じように見ているはずなのに、見え方が変わったり広がったり。

わたしも答えのない、よくわからないものをわかろうとして酔っ払っている最中かな。加藤シゲアキと正門くんに酔わされるなんて本望も本望ですが。

 

 

 

 

染、色 第1回観劇後感想

 

漸く。

舞台『染、色』を目にすることができました。

 

染、色への想いは書き始めてしまうとキリがなくて、本題に全く辿り着かないので、舞台に対しての感想だけ書き連ねていきます。

ただ言語化出来るかは分からない。このなんとも言えない感じを100%言葉にするのは出来なくて、でもこのもやもやが心に残るのを含めて加藤さんの書くものと思っているので、存分にもやもやさせていただきます。

 

まず原作である『染色』を読んだ上で観劇しているので、それを踏まえての気になった点です。ちなみにパンフレットは未読なので読んだらまた変わるかも。(パンフレットの正門くんの写真めちゃくちゃ良くて最高だったし、3者対談があるのは知ってたんだけど、後ろに普通に加藤シゲアキのページあって慌てて閉じた ありえん顔良くてシゲに引っ張られるとこだったので閉じた 本能が感じた危険)

 

 

 

▪︎市村と美優、深馬と真未

染色の舞台化にあたって役名が一新されているので、まさに染色であって染色ではない物語なんだけど、ベースは染色なので、ふたつの世界を綱渡りしながら観ていました。

まず、観劇前にパンフレットをパラパラした時点で、どうしてグラフティするのを深馬くんにしたんだろうなぁと、そこは気になってて。

 

まず、「女の子ってこんな子だっけ…?」となった。終演後に口にしてる人もいたので、原作を踏まえて見ている人は多分みんな思うんだろうな。

市村と深馬は似ているけど、美優と真未は全然違うな…と。これは序盤で分かりやすく気になるところよね。

考えてみると美優と深馬は半分リンクしていて、

美大生、作品を完成させられない、グラフティをする、作品の続きを描く人間(美優にとっては市村、深馬にとっては真未)と出会う……

まぁグラフティに関しては自分に制約を付けることで作品を完成させようと意識している美優と、自分の作品であると責任を負う必要のないものとして書いている深馬では違うとも取れるんだけど、美優が「描きあげられない」のもじつは深馬と同じ理由だったのでは…とも思うのであって…

とここまで考えて思う、あれ、美優と深馬…名前似てるね…

深馬は市村でもあり美優でもあるのかなぁと。

 

あと名前の話で言うと「真未」「深馬」「ま行だらけだね」のところ、うわ〜っぽい〜!って思ってしまったのは私だけ?

で、これもまた考えてみると真未、まみ、みま。みうま。「う」がなにか2人の関係を象徴する意味を持っているのか… う、u、you… 逆さま、反転… 諸々の学問に精通していればまだ考えられたものを…何にせよ真未は深馬の中にあるって事なんですよね多分。

 

 

▪︎深馬と真未

結局、真未は深馬の無意識下にある存在なんだろうけど、どうしてかそれだけではない気がする。視点が深馬の意識に寄ってしまうからかな。

真未は美優ではなくて、深馬だから、あれだけ強い衝動を持っていたのかなとおもう。

そうか、あれはかつての深馬が持っていたエネルギーであり衝動なのかもしれないな。創作への熱。

それまではそのまま深馬として表出させられていたものが、深馬の自我によってどんどん深層に押し込まれていってしまって、だけどそれではバランスが取れなくなってきたところに現れたのが真未とか。それだけではないと思うけど。

自問自答、深層心理、自我、自分を誘うもう1人の自分…(一瞬頭をよぎるEscortのMV)(見直そ…)

 

深馬は絵を辞めたかったと真未は言っていたけど、本当にそうなんだろうか。

自分の気持ち、答えなんて見つかるものじゃなくて、辞めたいけど辞めたくない、描きあげたいけど描きあげられない、どちらに傾こうが時は進んでいくし、どちらが正解というわけでもないし、どちらに進んでも幸せな確証はないもので。

結局今の深馬は絵を辞めて、杏奈との時間を幸せに過ごしているけれど、私はまた描くと思うんですよね、深馬は。アーティストとして。多分辞められない人だと思う。杏奈と別れたら絶対描くよ…杏奈は白だから……

 

アートってすごくしんどいものだと思うんです。産みの苦しみというか。

理論なり技術なりはあるけれど、結局作品をどうにかできるのはアーティスト自身の " 何か " なんだろうなというか。そういうところしんどいよね。

 

 

▪︎作り上げたものを世に出すということ

深馬が描き上げられない理由、

先述の通り、どちらかというと作品を世に出すことは「産み出す」ことだと思っていたので、それが「死ぬこと」とは思いもよらなかった。

確かに作品が自分の手の内にあるうちは、変えることも出さない選択をすることも出来るけれど、出してしまったが最後、自分の手から離れて、自分の意思ではどうにもならないところへ行ってしまう。

満足行くものを作り上げられればいいけど、どう足掻いてもそこまでは行けず、かと言って妥協したようなものを出すのも許せず、結局は中途半端、途中まで。とも考えられる。

それともゴールが見えてて、それでもそこに行きたくないんだろうか、ある意味子離れ出来ないというか、終わらせたくないというか、もしくは自分をさらけ出すことに不安があると取るか。

アーティストではないから想像することしかできないし、多分こんな言葉にして説明できるようなものでもないと思うんだけど…。

しっかりと分かるということは、自分で言語化出来るということだと思っているので、こう…分かりたいけど分かるわけないからな…どれだけ言葉にしても足りないんだよね。

ただ、「どれだけあがいても最後のかたちはもう決まってる。変えられない。」からすると、深馬はゴールは見えてるけどそこに行けない後者だし、「こう描きたかった」ように真未が完成させるということはやっぱりそういうことよね。

ただ一方でフライヤー、HP諸々にある「滲むゆくえは知らないかたち。」というテーマに対してはどう答えを見つけようかと探している途中です。人生かな。自身かな。

 

こう、やっぱり、創作者って余りにも無防備だなぁと思うことが時々あって。まぁ加藤さんの著書を読んでいるときなんですが。

作り出したものは確実に自分の中にある言葉であり表現であり、それを人様の目に見えるところに出すって並大抵のことじゃないなと思うんです。顔が出ていれば尚更。

だからその点でもグラフティはやりやすいよなぁ。いや、わからないけど。

 

「それが自分に出来ることだった」と言うけれど、やっぱり自分の名前で、責任で、色眼鏡で見られることもわかっていて、それでもなお作品を世に出した加藤シゲアキはすごいと思うし、しっかりとそれを続けて、今度は作品が先に歩いていくようになった今を観ていて本当に尊敬しかないと心から思います。いつもシゲ〜☺️☺️🥰みたいな顔してて申し訳ないな。仕方ないじゃん可愛いんだもん😌

(話が逸れました。)

 

 

▪︎深馬と滝川

現実の世界線の話として、

• 深馬は自分で作品を壊した

• グラフティはアートプロジェクトの一環

• 滝川はプロジェクトの統括的位置で、画家の夢を叶えるために海外へ

 

深馬が自分の作品を壊すまでは分かるんだけど、グラフティと滝川に関する2項目だけはどうもまだ飲み込めてなくて。

深馬が無意識の自意識のなかで作り上げたにしては、滝川の葛藤と、深馬とのすれ違いが余りにもリアルすぎるというのが理由なんですが。

どうにもならない気持ち、衝動としてやっていた(と認識している)グラフティをアートプロジェクトの一環ということにするには、確かに滝川に上手く立ち回ってもらう必要があるけど、自分以外の人間が、あくまで自分の意識の中で、あそこまで生々しく感情を持って生きることがあるんだろうか。

滝川の深馬への嫉妬はきちんと現実にもあって、それを奥底では感じてたということなんだろうか。

実際には、滝川は深馬のグラフティの作者になりすましてはいないけど、まぁ自分のプロジェクトに深馬を組み込んで成功を収めたとするなら、深馬と深馬の作品ごと、自分のものにしたと言うことも出来るけれど……

あとあの立派なアーティスト先生がどちらの世界にどう存在しているのかあまり記憶にないので宿題です。

滝川と深馬の関係をもう少し考えながら見てみたいですね。

杏奈はそうなんだけど、そういえば北見も深馬の意識の中には出てきてないんだよなぁ多分。公式の設定段階で北見→深馬の嫉妬は描かれているけど、実際は深馬にも「北見の方がすごい」という気持ちもあって、そういうことかな…(どういうこと)(まだあんまり見えてない)

深馬と北見は、もっと深馬側から考えてみたいですね。北見側からの情報が多いので…。

あとこれはおそらく関係ないけど、北見が神戸就職で原田が札幌(北海道?)なの気になる。北見なのに…(※北見市は道東の都市)

 

 

•  染まる、染める、

上下とも白、ナチュラルな衣装だった深馬と、黒のジャンパーの真未。

ある時から(ここの確認も宿題)深馬は黒の服を着るようになった。

風呂上がりの真未は白の服。

入院中の深馬はグレーのパーカー。

退院後はまた白の服。

1番最後の真未は白のワンピース。

 

この衣装の移り変わりが深馬と真未の関係性をあらわしているんだろうなぁとは思う。

特に深馬が黒い服になった瞬間に、ハッ…変わった…深馬変わった…となったのでそういう意図はしっかりあるんだけど、もっと読み込みたいな。(一瞬だけ黒だ!黒もカッコいいな⁉︎⁉︎って思ったのは秘密)

おそらく、深馬が真未に染まったときに黒い服になったんだろうけど…

深馬のもともとの色は白なのかな、多分。

最後は上に白を塗ることで(杏奈ともとれる)、おそらく普通とされる深馬(アーティストに傾いていない状態)に戻ったけど、でも深馬のキャンバスには確実に他の色だった過去は残ってて、元の白ってわけじゃない。でも白でいることが幸せとも分からないよね。

いやでも元々が真未と取ることも出来るんだよな…。入学当初、杏奈と会うまでは描きあげていたわけだし…。(私達が見ていた)深馬と真未がどっちが深馬の本質かと、明白に分けられるものではないしな……表出しているものが真実か、深層にあるのが真実か、そもそも真実ってなに。

 

 

 

▪︎腕にスプレーを掛ける行為

正直わからない。(素直)

深馬と真未の繋がりではあるんだけどなぁ…

汚してるのではなく洗っているの真意ってなんだろう。

スプレーの塗料が何の隠喩なのか分かるようで分からなくて分かるようなものなのかも分からない 見つかるかな…?(がんばれ)

自分で自分を染めてるって要素はあると思うんだけど…

美優も真未も風呂上がりにスプレーを隠されてパニックになるけど何故スプレーをしないと落ち着かないのかという点はわからないし、美優に至っては幼少期に描いていた絵は鉛筆のスケッチだったわけだし、腕に描いていたのは黒のマジックのイラストだったわけで、いつからスプレーに、そして色に拘るようになったのかっていう背景もある。

風呂上がりの真未は最後を除いて、唯一白の状態で、だからこそ余計にスプレーがないとダメだったのかとも思ったり…… でもこの色じゃなきゃダメということに対しての拘りは分からないな…

そもそも何で腕なんだろうな…内面と表現を中継する器官だからかな…

 

 

▪︎油画とスプレーと色彩と

染色と聞くとどうしても染物が浮かぶので水溶性のイメージなんだけど、

油画もグラフティも色を塗り重ねて描くもので、なんで水彩画がモチーフじゃないんだろう

色彩の層は積み重なっていく時間…?重ねることは出来ても、戻すことも変えることも出来ないもの…

あと、舞台上で深馬は真未のいない時間に色を使っていないし、モノローグでもずっとモノクロだったから、真未と色彩は切り離せない要素ではあると思うんだけど…。

染まる、滲む…。

 

まぁ全てはっきりと分かってしまったらそれはそれでなんか違うとも思う(し、分かるようなものじゃない)のでこう考えてるのが面白いんですけどね…。

 

と、こんな感じで初見の感想はこんなところです。

はぁ〜難しい!!!けど面白い。

これは割と毎回だけど、今よりもっと人生経験積んだ数年後に観たら(読んだら)、違う見え方だったり感じ方するんだろうなと思うんだよなぁ。加藤さんの書く人間は難しい。これはあくまで今の私の限界で、今の私の受け取り方なんだよな…まだまだ未熟なもんよ。

 

終盤に今まで正と思っていた事をトントンひっくり返されて、観終わってから落ち着いて振り返って分かることが増えていく。けどそれでも分かりきらないところもあって…まだまだ考える余地がたくさん残されてるんだよなぁ…。難儀だ…。

もう少し整理してまた観に行けたらと思います。

また違うものが見えてきたらいいな。

 

 

 

 

ところで考えるところがありすぎて、えっち〜とかそれどころではないというか、そもそもそういうもんでもないというか、普通にいろいろ苦しくならなかったですかね…… すごいしんどかったですよ…… だからな…そういう話がひとり歩きしていくのはすごく嫌だ……

 

 

 

 

 

 

STORY 記録。

2021.5.15,16

ようやくNEWSの4部作を、素敵なSTORYで締め括ることができました。

NEVERLAND、EPCOTIA、WORLDISTAを見続けてきた札幌で、STORYをしっかり目に焼き付けることができて幸せです。

 

コンセプト強アルバムとそれに伴うコンサートプランと、こんなにも歌に気持ちを乗せられるのかと、こんなにも歌で心が震えるのかと知ったUR not aloneで、本気でNEWSについて行くと誓った5年前。

5年経ってSTORYは、ひとりひとりのこころに寄り添ってくれて、もはや「愛」以外の言葉では言い表せないくらい、とっても強くて優しくて救いのコンサートでした。

 

コンサートの後はいつも思うけど、NEWSのファンになれて、NEWSを応援することができて、NEWSに愛してもらっていて、本当に幸せだなぁと噛み締めています。だいすき。

 

STORYを完結させた3人の姿も、4人で歩んできた道のりもすべて大切な宝物です。やっぱりすごく寂しくなるところもあったし、そこにいたはずの大切な人がいなくて、手越くんがいたらどんなだったかなぁとか、ここで会いたかったなぁとか、やっぱり思ったけど、その気持ちと同じくらい、今目の前にいるNEWSに救われたし、大好きでいっぱいでした。

 

とーっても幸せでした。NEWSがとっても大切で、何より大好きだと改めて感じた2日間でした。しあわせって感想しか出てこなくて困る。

 

アルバムを手にした時からクローバーがだいすきで、とても大切な曲でした。

愛に包まれるだけじゃなくて、寂しさを孕む曲にはなってしまったけど、増田さんの一貫したいつでも逃げてきていいよ、甘えていいよ、ずっとここはしあわせな場所にするからっていう想いも、シゲのちょっと遠回りなエールも、こやまくんの包み込むようなやさしさも、実際聴くと本当に力があって愛だった。

そして何より、こやまくんからの「愛してる」が嬉しくて、そのひとことその想いだけで強くなれた。こやまくんにもらった「愛してる」は胸の真ん中でずっと暖かく残っています。

 

じんわりと心があったかくなるコンサートで、今もとってもしあわせです。

 

もちろん、しっかりカッコよかったし可愛かったし、ジャニオタとしてしっかり沸いたところも沢山あるのでぽつりぽつりと書いておこうと思います。

 

まず入場の瞬間のシゲの横顔が圧倒的にカッコ良すぎる、むり。

 

ゼロズレトップガンはまじでやばい。バーンの振り毎にライフが削られるので既に残基ゼロ。そもそもトップガンの振付を踊るこやまくんが好きなので、表情まで余裕で肉眼で見えるのはむり。永遠に死ぬほどかっこいいので永遠に死ぬ。

 

生きろのアイコンタクトは2回とも背中側で見えなかったけど、そんな背中もとってもかっこいいのでこやまくんがだいすきです。(結局)

 

この度のこやまくん優勝曲「Perfect Lover」

口元に当てた腕をあげる振り、最高の小山慶一郎だった。1公演目はその腕を上げた時に双眼鏡越しに目が合った(ような気しかしない)。最高にえっちな目線頂けて早々に優勝しました。ありがたや。

 

URはやっぱり一緒に歌いたかったね、いつかはやいうち、また一緒に歌おうね。

照明を背に受けながら、感情の限りを込めて歌う増田さん、本当に美しくて綺麗で強くて大好きでした。

シゲはめちゃくちゃ男だったし、バンドが好きそうだし、野外感があるんだよね。毎回思うけど、今回はより思った。 震わせてる魂が見えた(?)

 

戀はね、大好きな増田さんの強くて優しい歌声で心が潤って浄化されました。本当に増田さんの歌大好きなんだよなぁ。

 

Narrativeは 舞台「加藤シゲアキ」の劇中歌だった。脚本 演出 主演 加藤シゲアキの作品。STORYの中ではあるけど、雰囲気がグッと変わるような、そんな空気を纏ってた。普段の加藤シゲアキだと綺麗で美しくて難しかったような気がするけど、お髭の加藤シゲアキだったので人間味と泥臭くさと美しさがもうすごいことになっててすごかった複雑に絡み合って大渋滞。

 

チャンカパーナの 痛いほど君が欲しいよ で足をあげるこやまくんはいつ見ても最高だし何度見ても最高。ほんと可愛い。一生あざとくあって欲しいと願うばかり。

美しい恋にするから すらも私に向けて言われたような気になってるのでもうその時点で勝ち。思ったもん勝ちだからね、一生恋させてほしい。すきです。

 

何度でも の映像めちゃくちゃ素敵だったので別枠で売ってほしい。あと衣装が天才。蝶ネクタイの増田さんはかわいいし、こやまくんがキャメル色を着てる時点で最高が約束されてるのにロング丈だし、インナーの白のシャツ少しだけ見えてるし、腕は黒レザーの生地に切り替えられてるやつだし最高を突破した最高がそこにあった。全部含めてめっちゃ最高。こやまくんとってもかっこいいね、結婚しよ(どさくさ)

 

Love Storyはどうしても手越くんなのでもうどうしたら…って感じもあった、手越くん聞いてる?

 

STAY ALIVE

音源の限りでは、Going that wayみたいだと思ってけど、ラプソディーとの間だったねという結論になりました。

白シャツみのある衣装 × 長め丈 × 紐ユラユラ =優勝

加えて最初は掛けてるサングラスを最後に外すのはアカン。しかもめっちゃかっこいい顔する。アカン。

 

トータルはすごいカッコいい だけど、サビの振りはあざとくて完敗。

にゃんにゃんにゃんにゃん足ぴょこん…足ぴょこん!!!

こやまくん、小山担がチャンカパーナで足ぴょこんするこやまくんのこと大好きなの何で知ってるの!!!もう!すきです!!!一生あざとくあってくれ(2回目)

 

曲ラスト、

ボタン外す(むりえっち)

襟を抜く(めっちゃむりすき)

サングラス外す(やばい顔がとてもかっこいい)

投げキッスが落ちてくる(……………まぼろし?)

 

こやまくん…ほんとうに…ありがとう……

 

                      ー   完   ー

 

 

 

カッコよくて強くて治安悪い青衣装ゾーン、コヤシゲ背中合わせはやっぱりクるもんがあるし、ギラギラ曲なのにJr.とアイコンタクトしてにこにこしたりしててとっても可愛かった。楽しそうで良かった良かった。

こやまくんを隠す炭ガスVSどうしてもこやまくんがみたい小山担だったけど、炭ガスにはどうしても勝てないのでその瞬間は目の前の増田さんを拝んでました。すげぇかっこいい。そこのオタク、目ぇ泳いでんで。

 

クローバーの増田さん、めちゃくちゃ強かったしめちゃくちゃ力をもらった。私に歌っている……?と思った(※小山担)

でも、増田さんはというかNEWSはこの曲は担当とか一切関係なく、目の前のみんなに歌ってくれてると思うねん、だいすき。

増田さんの いつでもいつもここに来て、俺に甘えていいんだよって伝えてあげたいだけなんだ がだいすきで、救いで、それが増田さんのSTORYの軸であることを感じたコンサートだったので、本当に増田さんは、NEWSは愛だなぁって思った。

 

シゲの少し遠回しな、でもそっと背中を押してくれる距離感もすき。will be toghtherも、with you foreverも、僕らの手を握っていて そのぬくもりを忘れないで 約束しよう ってこの連弾はアイドルとファンにとってはプロポーズに近い言葉だと思うんです。ありがとうございます。半歩先で、でも隣にいてくれるところ、だいすきだよ。

 

こやまくんの企画でも台詞でもない(歌の中ではあるけど)、わたし達に100%向けられた"愛してる"がほんとうに嬉しくて、胸があったかくなって、なんだか強くなれたので、こやまくんの"愛してる"でしばらくちゃんと生きていけるのです。愛をありがとう。

こやまくんは、NEWSは、いつでも私の心にいるし、毛布みたいに包まれてあったかいならいいのにって私もこやまくんに対して思ってたから、これはもう完全に両想いです。だいすき。

 

一度も聴けなかった4つ目の詞、なんであんたとの別れすらも超えていかなきゃなんないの!幸あれちゃうわ!って音源を聴くたびに思うけど、ずっと幸せでいたるからな。手越担じゃなくたって、手越くんのことだいすきだった人がいたこと、お願いだから忘れないでね。ちゃんと寂しいし恋しいんだよ、もう。

 

4部作のリード曲から繋がるNEW STORY。

ちゃんと次があるって言ってくれないと不安になっちゃうファン心理も汲んで、この先の明るい未来を力強く明言してくれるシゲにも、NEWSで仕事を続けることを夢だって伝えてくれる増田さんにも本当に感謝してます。

 

最後にNEWSの名前を叫ぶときの無音にはたくさんの愛と想いがつまってて、やっぱり少し寂しくて、でもすごくあったかくて力のある無音だった 出会ったことない感情で、愛おしかった。

 

 

人生で1番良い席に入れたし、安定のつよつよ団扇だったから、多分登場した段階でこやまくん気づいてくれてたし、手ぇ振ってくれたと思うし、やさしい顔してたし、目は合ったし、ゼロズレトップガンは撃たれ散らかしたし、Perfect Loverはとんでもなくかっこいいし、ソロ終わりには投げちゅー落ちてきたし、最後の最後は長めに目ぇ合わせてくれてて、いっぱい手振ってたら、すごく優しいにっこり〜なやさしいお顔で投げちゅーくれてほんと奇跡だった こやまくん一生好き あの団扇応えてくれるかくれないか見つめあいの時間めちゃくちゃドキドキしたなぁ……なんであの映像を永久保存できないん😔ポンコツ脳みそめ😔


なにより、こやまくんに、たくさんだいすき伝えられたと思う。伝わったと思う。それが1番嬉しいかも知れない。

だってずっとめっちゃだいすきだったもん ずっとかっこよかったし、本当に大好きしかないのよ、だいすきだよ〜〜〜!!!!愛してる!!!って、

ほんとに!これ!いざ言うとなると照れちゃうね!なにこれ!びっくらぶ!

 

 

多分この後ろの文のはいつか消すけど、

6月からだいぶ仕事しんどくなるのが目に見えてて、昨日今日だって行けるかわかんなかった状況で。

仕事もちゃんとしたいけど、今週の土日だけはどうしても休みにさせてほしくて、どうしてもNEWSに会いたくて、でももし土日に打ち合わせ呼ばれたらどうしようってめちゃくちゃ病んで、わたしも狡くて弱いから金曜のギリギリまで相手方に念の為の確認の連絡出来なくて、そしたら結局は連絡つかなくてそれはそれで不安になって、どうしたらいいか分かんなくなって親にぐずぐず泣きながら相談して、結局土曜のクソ朝早くに上司にド迷惑電話して(本当にごめんなさい)、まぁお許しがでたので無事に行けたっていう波乱に満ちた1週間だったし、というか行けるかドキドキしてたのはGW前からずっとで、ほんとにめちゃくちゃしんどかったし、これからもしばらくはしんどいんだろうけど、NEWSとこやまくんにたくさん愛を貰って、思いがけない魔法までかけてもらったので壊れない程度にしっかり頑張ろうと思いました。

 

ほんとうに行けてよかった!ありがとう!愛でいっぱいだった!しあわせでした!

 

NEWSだいすき!こやまくんだいすき!

 

こやまくんと、増田さんと、シゲと、NEWSと、これからもずっと幸せにいられますように!♡

 

 

 

感想

 
この度、本腰を入れて加藤シゲアキさんの本を読み始めました。
 
シゲだのシゲちゃんだのしげぴだの呼ぶのに恐れ多くなってしまったので、現状呼び方迷子中です。とりあえず加藤さんで行こうかな。
 
 
元々、本を読むことは好きでした。
でも、私の読書のピークは小学生から中学2年くらいまでで、初めに本読むのって楽しいんだな!と思った作品がファンタジーものだったのもあって、わざわざ自分で買って(親に頼んでるけど)読むのは決まってファンタジーだった。
友達と貸し借りして、ミステリーとか現代物とか読むこともあったけど、今なおファンタジーが好きです。上橋菜穂子様々。
 
ところで私がNEWSを好きになったのは高校生で、その頃は年中部活で本を読む余裕がなくなってた。ジャニオタするのが関の山でした。夜な夜な占ツクは読んでたけど。嵐の。あ、自分の名前にはしてないよ?
 
加藤さんが小説を書いているのは知っていたし、好きになった時点で3作品ほど出版されていたけど、その頃には朝読書週間なんてなくて小テストばっかりさせられてた。
読みたい読みたいと思いながらも、なかなか手が出せないまま時だけ経って、ピンクとグレーの映画を裕翔担の友達と借りて観たのが、作家 加藤シゲアキに触れた最初だったと思う。ちょっと気まずかった。
 
それから大学に入って、ついにピンクとグレーを読んだ。でもそこから先は遠征金欠と大学とバイト三昧で結局読めてない。
 
 
でもいま、それでよかったんだと強く思います。
中高生の頃に加藤さんの本を読んでても、今読むほど面白いとは思えなかったように感じるから。
私が読書に求めていたのは、異世界へ高く飛んでいく翼を得ることで、だからファンタジーの分かりやすい疾走感とか、渦巻く陰謀とか、血の滾る感じに魅力を感じていたんだと思う。
あとは思いっきり感情移入できる恋愛小説とか。
 
それが好きなのは変わらないけど、でも今は加藤さんのお話を面白いと感じられるようになってる。大人になりました。
ファンタジーみたく異世界に飛んでいくことはないけど、普段は見えない、見ていない人間と人間の心の底 狭間に堕ちていくような怖さがある。
ハッピーエンドとか、勧善懲悪的なスッキリした気持ちにはならないけど、心の下の方にぐるぐるとちいさいもやもやが残るような、後味をひく感じ。でもこのすっきりしないのが人間で感情で現実なんだと思う。
 
傘をもたない蟻たちは を読み終わって書いているので、あれだけたくさんの人間と感情と人生が、全部加藤さんから紡がれたものなのかと思うと、普段どんな風に世界が見えているんだろうと気になる。
テレビで見て、コンサートで見て、本を読んで感じてきたことも、加藤さんのすみっこに過ぎなくて、本を読んだ後は底なし沼に引っ張られるような恐ろしさを感じる。
でもこれはたぶん加藤さんが特別なんじゃなくて、人間の誰しも底なしの沼はあれど、それを感じるほど頭の中を人に晒さないから分からないだけなんだと思う。見えないなら怖くないけど、見えるのに見えないのは怖い。
 
お話を読んでいるときは加藤シゲアキのことは頭からすっぽり消えてるんだけど、あとがきと解説については完全にNEWS 加藤シゲアキのファンとして読めてしまうのでこれまた面白い。
 
加藤さんの現実的な非現実の世界でぐるぐるしているところから、現実世界に引っ張り上げるように差す一筋の光もまた加藤さんなんです。今度は非現実的な現実の存在として。
他担ながら、これは一生とらわれて離れられないだろうなと思います。
 
とはいえまだ、話題のオルタネートはいよいよこれから読み始めます。
人生初のハードカバー。楽しみです。